おおさき起業・創業シンポジウム

広報おおさき3月号にも掲載されていました。おおさき起業・創業シンポジウムが3月14日(木)に大崎市図書館で開催されます。あの石巻市のカフェはまぐり堂の店主亀山さんが基調講演をされるという事で、今から楽しみです。そして、当店も新規事業のPRという事で、参加させていただきます。写真左の第3部に掲載されています。「内川の畔のcafe・・・・」。惜しい・・・(-_-;)もっとがんばります。

こんな本置いてます vol.53

タヒチ。行ったつもりで。写真家の三好和義さんの写真集です。ページをめくる毎に惹き込まれます。ポリネシア人が自由に美しい自然の中で生活している姿は羨ましく感じます。1995年発売の写真集なので、今もこのままの自然が残されているのでしょうか。色んな思いを馳せながら非日常の世界へ。

キジトラ

当店によく遊びにくるキジトラです。昨日は玄関に陣取っていました。エサを与えた事はないのですが、よく遊びに来て、とてもよく懐いてきます。私たちが越す前からここの土地が、お気に入りの場所だったかもしれません。私はと言うと、そう、あれだけ森絵都さんのペットレスキューの本で感動した話をした後でなんですが、キジトラにエサは与えていません。懐いてくるので、とっても可愛いのですが、飼い主としての責任は負えないから与えない事にしています。あるお宅で追い出されるのを見た事がありますが、追い出す気はありません。家の中までは入れませんが、お庭は自由に過ごさせています。このキジトラ、首輪もついていないし毛並みも良くないので、飼われているようにはみえません。でも、いつみても立派な身体つきなので、誰かからエサをもらっているか何とかしているのでしょう。人それぞれの関わり方を非難するつもりではありません。今までの人それぞれですから。今は、自由で伸び伸びしているキジトラを見て癒されています。

こんな本置いています vol.52/おいで、一緒に行こう

泣けない・・・。読む前からきっと、泣くんだって覚悟をしていた。私も年と共に涙腺が緩んできている。『福島原発20キロ圏内のペットレスキュー 』という副題だけで色んな事を想像して読む前から泣きそうです。 決して泣きたくて読み始めたわけではありません。私は震災当時は栃木県にいて今は宮城県に住んでいます。間にある福島県は震災前も後もよく訪れています。福島県に住んでいる人に、子どもの将来のために放射能を気にして県外へ引っ越したが、結局、引っ越し先で家族全員いじめにあって、戻って来たという話も聞いた事があります。だから、福島で起きている事に興味があったので読み始めました。・・・泣けない。泣けないどころか全く予想していなかった事が起きる。クスッと声を出して笑ってしまった。しかも、何回も。年と共に涙腺の緩み意外にも、若干目の焦点が合わなくなってきている。涙目になるとちょうどピントが合ってくるが、なかなかピントが合わない。何故、泣けないのか?この本はシリアスなドキュメンタリー仕立てではなく、作者の森絵都さんが人間を描き過ぎています。ペットレスキューで活躍する人達の性格の色をしっかり描いています。運転が荒い女性はキャッツアイの彼女と名付けられ、青ジャケットの彼やら、無職の旦那も登場して何度かいじる場面もユーモアでしかない。でも、そういう、ありのまま感じた事が表現されているから、読みやすく伝わりやすいと思います。行政や警察の監視の目をくぐって、時には有刺鉄線を切って、バリケードをどかして、警察に見つかったら嘘をついてごまかしながら、放射線量の高い立ち入り禁止区域へペットを助けに行く。しかも、見も知らぬ他人のペットを・・・。何回も何回も何カ月にもわたって・・・。当然、誰かに賞をもらえるわけでもなく、金メダルを獲れるわけでもない。むしろ、刑務所に入れられるかもしれないし、放射能で身体が蝕まれるかもしれない。こんなリスクの高い仕事。いや、金ももらえないボランティア活動。 とても、できる事ではありません。人間を頼って生きてきたペットも震災後の原発事故で犠牲を払っています。そして、取り残さざるを得なかった飼い主も罪悪感を抱えなければいけない状況に陥っています。そんなペットや飼い主たちの心が救われていく様子、実は泣けました。引き取られたその後の犬たちが新しい飼い主と溶け込んでいる姿や元の飼い主との再会。ペットレスキューに出会っていなければ、死んでいたかもしれない犬が、新しい命を宿し、新しい命が、別の人に飼われていき人を癒す存在となる。そういうシーンを想起するとやはり泣けてきます。特に、犬は野生で生きる事が許されず、人に飼われる事でしか生存しません。スピッツやシベリアンハスキーのようにブームが去った犬種は根絶やしになる位、見かけなくなっています。何が良くて何が悪いのか、ペットを飼う事自体、人間のエゴかもしれないし・・・。色んな事を考えさせられました。ただ、我々人間が引き起こした事は、我々人間が責任を取らなければいけないという事を教えられたような気がします。左の『屋久島ジュウソウ』は森絵都さんの旅行エッセイです。

内川

城山公園から見た岩出山の景色です。内川を挟んだ岩出山の街並みはとても美しく見えます。 岩出山にはもう雪は残っていません。朝晩はぐっと冷え込んでいますが、日中は暖かいです。内川の畔りカフェ今日も11時にオープンです。

大豆を食べる

ほとりカフェで取り扱っている食材は、大豆が中心です。菜飯田楽に添えているお豆腐やお味噌、大豆の小鉢。豆乳プリンに大豆クッキー。様々な効能が期待される大豆をふんだんに使っています。みなさんも大豆生活始めてみませんか。本日もほとりカフェ元気に営業中です。

こんな本置いてます vol.51

子どもの世界では重い病気にかかると、時として誤解が生じます。病気の子がひいきされているとか、うつる病気でもないのにうつされるとか・・・。この絵本はそんな懸命に病気と戦っている子供たちのために、チャールズ・M・シュルツが書いた本です。タイトルはチャーリー・ブラウンになっていますが、ライナスが主人公です。いつも毛布を手放さない甘えん坊な印象の強いライナスでしたが、ここでは毛布を手放し白血病の女の子を一生懸命支えます。ライナスって、しっかりしていて優しい子だったんだ。

こんな本置いてます vol.49/リボン

どうして私は本を読むのでしょうか?知識を得たいから?泣きたいからでしょうか?小川糸さんの『リボン』。私はこの本を読んで何度も泣きました。オムニバスのように色々な境遇の人たちが、次々と登場していきます。その中でオカメインコのリボンが手塚治虫さんの火の鳥のように、各家庭に登場します。家族から距離を置いている(?)祖母とその孫。赤ん坊を死産させてしまった若いお母さん。鳥を保護しているグループと飼育係の青年。スナックのママとそこに通う家庭持ちのサラリーマン。余命宣告を受けた60代の元女優の画家とアシスタントをしている幼馴染の女性。そして、美術雑誌にその先生の絵を掲載してもらおうと交渉にくる女性編集者。姉を亡くしたばかりなのに再婚を決めた義兄の元を訪ねる妹家族。震災による津波から逃れるため年の離れた知的障害の兄を連れて高台に逃げる女性。そして、最初に戻り死を迎えて元気の無くなった祖母と成長した孫。私とは共通項が無い人ばかりが登場しますが、何故か共感して涙が溢れてしまいます。いや、背景が違うだけでそれぞれ一様に、上手く行くことばかりではない人生を積み重ねていっているという、人類全員の共通項が表現されているからかもしれません。懸命に生きているわけではありませんが、ちょっとした事で悩みながらもいつの間にか年が過ぎて行き、やがて死を迎える。考えすぎると儚さや虚しさを感じてしまいますが、それでも、身近な人を思いやり支え合う事で生きる意味が生まれてくるような気がします。私はこの本を読んでそんな気持ちになりました。ところで、この小説は同時期に発売された『つばさのおくりもの』と対になる小説です。紹介が前後しましたが、私は『つばさのおくりもの』から先に読みました。『つばさのおくりもの』はオカメインコの目線から描かれています。ここでは詳しく描かれなかった義兄の娘とリボンの触れ合い。そして、ラストはこの本と呼応し合います。どちらから読んでも構わないと思いますが、是非、2冊とも読んで欲しいと思います。

500マイル

昨日、美しい「トランスイート四季島」がここ岩出山へやって来るという事で、スマホ片手に待ちわびていました。もちろん岩出山は通過点、一瞬の動きに追いつくかどうか緊張しながら待っていました。10時前にやって来た「四季島」は私たちギャラリーへの配慮か、ゆっくりとペースダウン。美しい姿を撮影する事ができました。この色は、操縦士はクワトロ・バジーナか・・・。上野駅から青森駅まで500マイル(本当は430マイルくらい)。いつかこの列車で旅してみたい。いつか岩出山を通過点ではなく、下車駅にしてみたい。そんな夢を見ながら見送りました。