と、言いながらも熱狂的なファンの作者がほめたたえた落合評論本だろうと思っていましたが、これがこれが・・・。私も名古屋出身なので野球といえば中日ドラゴンズ。その中でも印象深いのは、やはり星野監督時代と落合監督時代。どちらも落合博満さんがキーマンの時代です。そして、名古屋で新聞と言えば、中日新聞か中日スポーツ。でも、この本の著者は日刊スポーツの記者。この時点でも一癖あります。内容は、序盤で対比として星野監督も引用されていますが(昭和の大スターのようなエピソードでこれはこれで面白いです)、落合監督時代の2004年から2011年、監督就任劇から退任劇までです。もう10年以上前の話が蒸し返されています。いまだに繰り返し取り上げられるほど、落合監督時代は話題性に富んでいますし、私も読み進めると昨日の事のように当時の賛否両論吹き荒れる熱気や緊張感が蘇ってくるほど鮮明に記憶に焼き付いてしまっています。中身は各年代を順を追って描かれていますが、読み手を惹きつけるのは、単なる年表になっていない所です。年をお追って紹介されていますが、各章のタイトルが第1章川崎憲次郎、第2章森野将彦、第3章福留孝介・・・。と、その時々を象徴する選手やコーチ、フロントと落合監督との関わりを通じてエピソードがつづられている所です。選手が落合監督に抱いた不平不満の心情まで露呈されています。しかも、落合監督の心情だけは正解はありません。何しろあまり語らないから。でも、落合監督が受け入れた記者が書かれているので、かなり核心に迫っていて説得力があります。ここまで率直に描かれているので、登場する選手たちもある程度許可は得ているのでしょうか(主力の山本さんや川上さん、井端さんが出てこないのは許可が出なかったのでしょうか?現監督の立浪さんは森野さんとのポジション争いで登場します)。さらに、この本を通じてプロ野球観まで浮かび上がってきます。プロ野球としてのファンサービスの在り方。たとえば、野村監督は選手をたくさんバラエティ番組に出演させてファンを増やそうとしていたような気がします。長嶋監督はファンが喜ぶような演出で選手起用をする時もありました。星野監督はファンの怒りや喜びを分かち合って、ファンの気持ちを一身に背負って選手を叱咤激励していました。落合監督は勝つことこそ最大のファンサービスと言って、勝てる野球にこだわっていたので、淡々と盗塁や送りバントで1点をもぎ取ってピッチャーで抑えるという玄人好みの地味な野球でした。しかも、できる限り選手にケガをさせないようヘッドスライディングを禁止していたことまでは、この本を読んで初めて知りました。落合監督は選手や監督は勝利に貢献する事でお金がもらえるという契約なので、そのことが仕事で、宣伝は球団側がする仕事と割り切っていたのかもしれません。どの監督の考えが正解かではなく、色々なタイプの人がいるから色々な特色が見れて面白いように思います。長くなりましたが、落合監督の采配で一番話題になるのはやはり、日本シリーズで完全試合目前の山井選手を8回で降板させたことだと思います。この本でもことこまかに真相めいた事は書かれています。でも、この話ほど誰が語っていることが正しいのか分からない芥川龍之介さんの『藪の中』を表現するのにふさわしい実話はないでしょう。そして、永遠に分からないのだろうと思いますし、それでいいとも思えます。