福島県南相馬市のブックカフェ『フルハウス』。店長の柳美里さんが本を選んで送っていただけるサービスがあります。この本は柳美里さんに選んでいただいた本の中の一冊です。左の『命』『魂』『生』『声』の4冊が収録された自選作品集です。600ページ以上のヴォリュームなので、読むのにも通常の4倍の時間を費やしました(当たり前ですが・・・)。これは柳美里さんの私小説です。柳美里さんのパートナーと言って差支えがあるかないか分かりませんが、演出家の東由多加さんの最晩年の闘病生活を描いた作品です。重いタイトルなので、少々読みづらい作品かと思っていましたが、そうではありません。闘病生活から死まで描かれていますので、重いと言えば重いのですが、生と死という宗教的な重さはなく、ただ人生の最後の一ページを描いているだけなので、読みやすかったです。勝手な思い込みで『命』で東さんが亡くなり、以降の作品は新たな命として同時期に誕生した柳美里さんの息子さんの子育ての波乱万丈なお話になるかと思っていましたが、4冊通して東さんの闘病生活が中心でした。4作品あるのでそれぞれ、起・承・転・結の役割をしているかと思いきやそういうわけでもなく、最初の『命』から物語がいきなり佳境(転)に入り、東さんが亡くなる『生』までその緊張感がずうっと続いていきます。そして最後の『声』はマラソンで言うと全力で走り切った後のクーリングダウンの役割をしています。『声』を読まなければ緊張感から解放されないでしょう。でも、『声』の最終頁に達する何ページが手前まで、本当にこの物語は終わるのだろうかと、半信半疑が続きました。舞台は大半が、病院とアパートですが、集中して読ませてしまいます。また、柳美里さんの記憶力のすごさにも驚かされます。大きく端折っているとは思いますが、専門用語もたくさんでてきて、会話も長くて、よく覚えているなぁと感心させられます。大切な人が癌になった時にどういう心境になってどういう行動をして、お子さんの誕生もあって、自分の人生も整理し直さなければならなくて、身近な人との人間関係や東さんの知り合いとの人間関係や、お医者さんとの信頼関係、民間療法的な事も含めてリアルに伝わってきます。そういった事がテーマと言えばテーマかもしれませんが。そのリアルさと緊張感の中で読み進めていくと登場人物がだんだんと読者にとっても身近な存在となっていき、東さんが亡くなったという知らせを聞いた(読んだ)時は図らずも涙が出てきました。そして、『声』で柳美里さんと東さんとの過去の回想シーンとともに、読者もゆっくりと呼吸を落ち着かせてクーリングダウンしていきます。普通は自分の事は誰もが正当化したり、美化したりすると思いますが、誤解を与えかねないような言動や行動もありのままに客観的に公平に見せています。この小説はドキュメンタリーでもありますが、ドキュメンタリーですら感情移入しやすいヒーローやヒロインがいますが、ここで描かれている人たちは、性格の良し悪しを超えた、私たちの身近にいるごく普通の面倒くさい人たち(もちろん私も含みますが)なので、誰にも感情移入しないし、誰にも感情移入してしまいます。東さんの事はよく分からないのですが、死の淵でこれほど支援者がいるという事は、カリスマ性の高い人だと伝わってきますが、その東さんですらベッドの上ではごくごく普通の人です。ここまで普通の人を美化せずありのまま普通に描けるのが小説家の柳美里さんの魅力ではないかと思いました。